世界初、商用ICカード規格で動く有機半導体デジタル回路を実現

 

国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構トッパン・フォームズ株式会社

富士フイルム株式会社

地方独立行政法人大阪府立産業技術総合研究所

JNC株式会社

株式会社デンソー

田中貴金属工業株式会社

日本エレクトロプレイティング・エンジニヤース株式会社

パイクリスタル株式会社

2016.01.25

 

世界初、商用ICカード規格で動く有機半導体デジタル回路を実現

―物流管理やヘルスケア向け温度センサつき電子タグの商品化に前進―

 

NEDOプロジェクトにおいて、トッパンフォームズ、富士フイルム、パイクリスタル等のグループは、印刷で製造可能な有機半導体デジタル回路の高速化に成功し、世界で初めて商用ICカード規格で動作する温度センシングデジタル回路を実現しました。

今回開発した温度センシングデジタル回路の速度は、近距離無線通信の国際標準規格であるNFC(Near Field Communication)に準拠しており低コストな温度センサ機能つきプラスティック電子タグとして、物流管理やヘルスケア等の広範な用途への商品化に大きく前進しました。

1 32

 

写真:印刷できる商用ICカード規格スピードの温度センサつき高速デジタル回路(左)と、温度センシング機能を搭載した電子タグの利用例(中、右)

 

1.概要

有機半導体は、現在、主に用いられているシリコンなどの無機半導体と比べて以下の特長があり、次世代トランジスタなどエレクトロニクス素子への応用開発研究が盛んに行われています。

〔1〕塗布法・印刷法といった簡便かつ比較的低温での作製が容易

〔2〕 薄型

〔3〕低コスト

〔4〕プラスティックRFIDタグやフレキシブルディスプレイなどのユニークな用途が期待できる

4

図1 本NEDOプロジェクトの研究体制

しかしながら、簡便かつ低コストに成膜し、実際に商用周波数でRFIDタグと通信する高速応答性能を実現することは困難でした。

そこで、NEDOは、コア技術開発を行う研究機関とそれぞれが異業種に属する企業グループによる産学連携チームを構築し(図1)、有機半導体による革新的プラスティックRFIDタグの研究開発を組織的に推進しています。

この度、トッパンフォームズ、富士フイルム、パイクリスタル等のグループ※1は、印刷で製造可能な有機半導体デジタル回路の高速化に成功し、商用ICカード規格の26.5kHzで動作するフィルム上の温度センシング電子回路(図2)を世界で初めて実現しました。

具体的には、有機半導体を塗布し結晶化させる技術を基に、高速応答用に設計されたチャネル長   5mmの有機CMOS回路※2を集積化し、従来のスピードを1桁上回る世界最高速のDFF(D-Flip-Flop)回路※3によるデジタル情報処理を実現しました。得られたデジタルデータを、13.56MHzの商用周波数で信号伝送することにも成功し、開発した有機半導体電子回路が、スマートフォンや交通機関用ICカードで一般的なNFC(Near Field Communication)規格※4に準拠できることを実証しました。独自開発した塗布して作れる有機デジタル温度センサと組み合わせて、従来の塗布型有機半導体よりも、10倍以上高い性能で、1/10以下の低コスト化が可能な印刷法で形成できるため、プロジェクトの目標である温度検知機能つき物流管理タグの商品化に大きく前進しました。

5

 

 

 

図2 新規に開発した26.5kHzで動作する有機デジタル温度センサ回路

そのほか、商用規格に準拠した軽く、薄く、曲げられ、低コストな温度センサ機能つきプラスティック電子タグとして、工程管理やヘルスケアなどの広範な普及が期待されます。

なお、2016年1月27日から29日まで東京ビッグサイトで開催された「nano tech 2016」において、本成果を用いたRFID信号の伝送実験の実演をいたしました。


 

2.今回の成果

(1)低コストの印刷型デバイスで、世界最高速のフィルム上電子回路を実現:商用ICカード規格に準拠した温度管理電子タグ商品化へ、大きな一歩

下記の技術開発によって、印刷可能な方法で作製した有機論理回路を高速化し、NFC規格に基づいて、26.5kHzの論理回路による温度管理データ処理と、得られたデータを13.56MHzの電波で無線伝送できることを実証しました。

 

  • 「塗布結晶化法」による世界最高速の印刷できるCMOS回路集積技術

6

図3 有機単結晶CMOSによる高速DFF回路とデジタル信号応答特性

東京大学グループが開発した「塗布結晶化法」は、有機半導体を溶液で塗布すると同時に結晶化させて膜にすることができる簡便な手法です。今回新たに開発した方法では、フィルム基板上に一様なp型及びn型の有機単結晶薄膜を成長し、チャネル長5mmの有機トランジスタから成る高速化回路設計によって、26.5kHzのNFC規格速度の「有機CMOS-DFF回路」を製作することが可能になりました(図3)。さらに、富士フイルム株式会社及びパイクリスタル株式会社と共同で、約100個のトランジスタより構成される集積化にも成功し、8ビットの情報処理を実証しました。集積化に適した多数の同じ特性のトランジスタを製作できる、フレキシブル基板上プロセスを確立し、より多ビットの電子タグ用回路の構築に見通しが得られました。

 

  • 7印刷できる多ビットデジタル温度センサ

8

図4 有機抵抗温度センサと多ビットデジタル変換回路(左)とその回路図(右)

大阪府立産業技術総合研究所とパイクリスタル株式会社のグループは、独自に開発した低温塗布型有機温度センサのアナログ信号を多ビットデジタル信号に変換するADコンバーターを、世界で初めて印刷できる半導体を用いて実現しました(図4)。〔1〕の有機CMOS回路と組み合わせることによって、NFC規格準拠の通信型温度センサタグが構成でき、物流管理や体温モニタに利用できることが明らかになりました。

 

  • 印刷できるプラスティック上電子回路によるRFID温度センシングフィルム

 

トッパン・フォームズ株式会社が開発した低コストのアンテナデバイス、温度センサ、デジタル/アナログ回路をすべてプラスティック上に実装し、富士フイルム株式会社が開発した有機半導体を活かした通信・回路方式を用いることによって、世界で初めて印刷できる電子回路で13.56MHzのRFID信号で温度データをデジタル伝送するフィルムタグを実現しました。

 

印刷が可能な有機デジタル回路によって、センサ出力のデジタル変換とRFIDデジタル通信による信号伝送が実現したことは、NFC(Near Field Communication)用低コストかつ軽量フレキシブルのセンシングデバイスの開発に直結します。今回の研究開発は、以前よりも、10倍以上高速の短チャネル塗布型有機TFTを10倍以上の歩留まりで構成するプロセスを実現し、1/10以下の低コスト化が可能な印刷法で商用ICカード規格に準拠した集積化デバイスがフィルム上に製作できることを示しました。現在、より多ビットのデータ伝送とメモリ書き込み機能の搭載により、フィルム上ICタグの商品開発に向けた研究開発を進めています。塗布・印刷法等により一度に大面積フィルム上にデバイスを形成することにより、低コストの生産が可能となるため、物流を効率化する省エネ用電子タグや医療用センシングデバイスなどの普及につながります。

 

(2)技術的背景

東京大学竹谷教授らは2003年に有機半導体の結晶を用いたトランジスタを開発し、これまでよりも格段に高い性能を実現することを見出していたため、実用化に有利な溶液塗布法によって有機半導体結晶を作製する方法を検討してきました。2011年には、溶液から有機半導体結晶を析出させてきわめて高性能の有機TFTを開発し、2012年には、塗布結晶化法を利用した、液晶ディスプレイの駆動にも成功しました。2014年、単結晶TFTの高速応答特性を利用した低コストのRFIDタグ用整流器の開発を、2015年には、多ビットのデータ処理と無線伝送に成功したことを発表しました。今回は、有機温度センサの開発と合わせて、単結晶TFTを高性能デジタルセンシング回路に適用できることを示しました。

 

3.今後の予定

今後、NEDOプロジェクトにおいて、開発を進めている温度センサを搭載した物流管理用RFIDタグの試作を進め、実用化への研究開発を加速します。また、東京大学内に組織した、有機材料開発からパネル部材、装置開発、デバイス開発を行う企業とのコンソーシアム「ハイエンド有機半導体研究開発・研修センター」では、RFIDタグに限らず、高速動作の有機エレクトロニクスデバイスの開発を広範に目指します。

 

【用語解説】

※1 トッパン・フォームズ株式会社、富士フイルム株式会社、大阪府立産業技術総合研究所、JNC株式会社、株式会社デンソー、田中貴金属工業株式会社、日本エレクトロプレイティング・エンジニヤース株式会社、パイクリスタル株式会社で構成されるグループ。NEDOの戦略的省エネルギー技術革新プログラム「革新的高性能有機トランジスタを用いたプラスティック電子タグの開発」を実施。実施期間は2012~2017年度。

 

※2 有機CMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)回路は、活性層にp型及びn型の有機半導体を用いる薄膜トランジスタを集積させた回路。低消費電力の効率的な論理演算が可能となる。

 

※3 DFF(D-Flip Flop)回路は、論理情報を記録・保持するための論理回路。データ量の多いデジタル信号処理が可能となる。

 

※4 「電波による個体識別」を意味するRFID(Radio Frequency IDentification)信号を非接触で伝送。13.56MHzの通信用電波と26.5kHzの論理演算回路を有するNFC(Near Field Communication)規格は、Suicaなどの乗車カードやEdyなどの電子マネーに用いられる非接触通信用の汎用規格。

 

前の記事

Kick-off meeting開催